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日産自動車の経営戦略(失敗編)
日産自動車の経営戦略(失敗編)

 

日産自動車の経営戦略失敗の理由

日本のBIG3と言われる日産自動車ですが、この超大企業にも破たん危機がありました。

 

当時、2兆円とも言われる有利子負債を抱え経営破たん寸前までいった日産をルノーが買収し、同社のカルロス・ゴーン氏のもと再生を図ったのは有名な話です。

 

本業の自動車はコンスタントに売れていたのに、なぜこれほどまでの経営不振に陥ってしまったのか、日産の経営戦略を見ていきます。

 

日産自動車の失敗した理由
・過激な労働組合
・系列メーカーとの関係
・マーケティング戦略の欠如

日産自動車の経営戦略分析

@過激な労働組合
自動車業界の労働組合は要求が厳しいことで知られており、特に日産自動車は過激な組織であったと言われています。

 

日産グループの労組で組織されていた自動車労連の会長に君臨していた塩路氏は、特に役員人事や経営方針にまで口をはさんでいました。

 

英国工場の建設計画の際に、当時のCEO石原氏と塩路会長の戦いは社内を巻き込んで混乱に陥れました。

 

塩路会長を筆頭に労組グループは、計画を撤回しないと生産ラインを止めると脅迫し、石原社長はそれを断固拒絶しました。

 

結果は、豪遊スキャンダルで塩路氏が追放されることで事態は収束しましたが、このように経営とは関係ないところに捕らわれて本業に全く集中できていなかったのが、当時の日産です。

 

A系列メーカーとの関係
自動車メーカーは、部品メーカーを傘下に囲い込み系列化するのが一般的です。

 

特に、トヨタ自動車などの系列化は有名ですが、日産自動車も同様に多数の系列メーカーを抱えていました。

 

日産の場合は、賄賂による融通などの癒着もひどかったために、系列のメリットをうまく活用できませんでした。

 

また、日産系列内には同業で重複しているサプライヤも多く、そのため規模が小さく他の自動車メーカーに拡販できる技術力や資金力のあるサプライヤが多くありませんでした。。

 

結果として、日産グループ内でロスが多く、完成車原価も高騰していきました。

 

Bマーケティング戦略の欠如
日産は技術の日産と言われて、技術力は一定の評価を受けていましたが、販売戦略やマーケティングが下手な会社でした。

 

実際に1980年代は「901活動」と言われる自動車の大きな性能向上を目指したことが評価され高級車を中心に存在感を示していました。

 

しかし、バブル崩壊を経て、高級車が売れなくなると急速に経営状態が悪化していきます。

 

このように、当時の日産には、景気に合わせた販売戦略などはなく、一か八かで非常に浮き沈みの激しい経営を行っていました。

 

結果的に、様々なことが重なり収拾がつかないほどの経営不振に陥っていきます。

総評

日産の事例は、まさに古き悪き日本の慣習そのままだと言えます。

 

もちろん古い慣習には良い面もありますが、日産に関して言えばそれが悪く出てしまいました。

 

経営戦略をみていくと冒頭では書きましたが、これといった経営戦略がなかったことが最大の失敗の要因です。

 

どんなに経営基盤がしっかりしていても、目標なき経営は上手くいかないことを学ぶことができます。

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