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ソニーの経営戦略(成功編)
ソニーの経営戦略(成功編)

 

ソニーのビジネスモデル分類

ポーターの3つの基本戦略
・差別化戦略

 

アンゾフの成長マトリックス
・製品開発戦略
・市場開発戦略

 

デルタモデル
・ベスト・プロダクト

ソニーのビジネスモデル分析

@差別化戦略、製品開発戦略、ベスト・プロダクツ
日本初のトランジスタラジオから始まり、トリニトロンカラーテレビやウォークマン、ハンディカムなどユニークな製品を次々と生み出した世界的総合電機メーカーです。

 

戦後に創業したソニーは、大手電機メーカーと比べると資金力が無かったため、あえて他社がやらない分野に手を付けて、差別化する戦略をとっていました。

 

結果的に、過去に類を見ないスピードで、様々な製品をヒットさせ、日本を代表する企業となってからも、その理念は継続されています。

 

ソニーが似たような境遇の会社と違ったのは、ニッチな市場に進出するのではなく、新しい市場の創出することで差別化を図ったということです。

 

例えば、ウォークマンでは音楽プレーヤーを持ち運び可能にし、いつでも音楽が聴けるようにしました。当初は、録音機能のないプレーヤーは売れないといった指摘もありましたが、実際には大ヒットとなりました。

 

あくまでも、ニッチな市場を狙うのであれば録音機能のない音楽プレーヤーは製品として成り立っていないのかもしれません。しかし、新しい市場を創出するという視点で見れば録音機能がないというのは小さなことだったということです。

 

また他の事例では、Betamaxという新しいビデオ規格を作ったこともあります。このときはVHSという規格に敗れてしまいますが、常に新しいものを開発するという姿勢を持っています。

 

そして、こういったビジネスとして成功しなかった事例も、今のブルーレイレコーダなどの開発に繋がっていることもまたソニーの強みです。

 

A市場開発戦略
ソニーと言うと、いち早く海外に事業展開していったメーカーの一つとしても有名です。

 

それは創業者である盛田氏がオランダのフィリップス社に大きな影響を受けたからと言われています。

 

創業間もない1950年代にフィリップス社を見学し、感銘を受けて「輸出に重点を置いた会社を目指す」という方針を持ち、実際にアメリカを皮切りに次々と他社に先駆けて海外展開します。

 

1960年代北米や欧州地域に進出し、それぞれの国に1つの現地法人をつくるという方針を固め、それにより地域に根付いたブランド訴求が可能となり、ソニーというブランド価値を世界に広めることに成功しました。

 

そして、1970年には日本企業として初めてニューヨーク証券取引所で上場を果たします。

 

特に、先見性の高さで評価されるのは、アメリカの現地生産をいち早く進めたことです。まだ為替が1USD=360円で有利な為替であり、日本が輸出大国へと成長していた時代のことです。

 

アメリカとの貿易摩擦や為替相場の変化とを予想した盛田氏は1970年代にいち早くアメリカでのカラーテレビ現地生産を実行します。

 

当初は、為替の影響で赤字となっていましたが、徐々に貿易摩擦が表面化し、かつ為替も変動相場に移行し始めて、現地生産を開始する企業も出てきます。

 

ただ、他社が現地生産に乗り出す頃には、ソニーの現地工場は生産効率を高め、地域にも根付いており、高い競争力で他社を圧倒していきます。

 

このような海外市場への展開は、ソニーの成長を支えた要因の一つと言えます。

総評

ソニーと言えば、高いブランドイメージを持つ企業ですが、ただ面白い商品を作っているだけでなく、そこには成功するための経営戦略がありました。

 

商品開発を支えた出井氏と経営戦略を支えた盛田氏の2人が上手くかみ合ったからこそ、ソニーが奇跡の成長を遂げることができたと思います。

 

ちなみに、今回の話は20世紀のソニーの成長戦略です。

 

21世紀に入り、ソニーは医療、ネット、音楽、映画、ゲーム、金融などの様々な事業に多角化としており、今までのソニーとは違う次の成長ステップに入っています。

 

これは、全く違う戦略なので、どんな成長を見せてくれるのか非常に興味深いところです。

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